Enjoy Simple English 26/6/24(水)Maya Plisetskayaマイヤ・プリセツカヤ


ブログ記事から抜粋
Enjoy Simple English 26/6/24(水)Maya Plisetskaya
-単語 発音記号 意味
ballet /ˈbæleɪ/ バレエ
century /ˈsentʃəri/ 世紀
Jewish /ˈdʒuːɪʃ/ ユダヤ人の
Soviet Union /ˌsoʊviət ˈjuːniən/ ソビエト連邦
theater /ˈθiːətər/ 劇場
artistic /ɑːrˈtɪstɪk/ 芸術の
education /ˌedʒuˈkeɪʃən/ 教育
enter /ˈentər/ 入学する、入る
talent /ˈtælənt/ 才能
diamond /ˈdaɪəmənd/ ダイヤモンド
engineer /ˌendʒɪˈnɪr/ 技師、エンジニア
government /ˈɡʌvərnmənt/ 政府
spy /spaɪ/ スパイ
enemy /ˈenəmi/ 敵
trademark /ˈtreɪdmɑːrk/ トレードマーク、特徴
passion /ˈpæʃən/ 情熱
season /ˈsiːzən/ シーズン、公演期間
role /roʊl/ 役柄
perform /pərˈfɔːrm/ 上演する、演じる
event /ɪˈvent/ 出来事、イベント
escape /ɪˈskeɪp/ 逃亡する
abroad /əˈbrɔːd/ 海外へ
generation /ˌdʒenəˈreɪʃən/ 世代
victory /ˈvɪktəri/ 勝利
destiny /ˈdestəni/ 運命
character /ˈkærəktər/ 性格、人間性
-熟語・フレーズ 意味
sit still じっとしている
start doing ~し始める
be active in ~で活躍している
take away 連行する、連れ去る
take over 支配する
be caught 捕まる
join a company/group 団体に加入する
become one of the stars スターの一人になる
be said to ~ ~だと言われている
travel outside of ~の外へ旅行する
try to escape 逃げようとする
fight for ~を勝ち取るために努力する
come true 実現する
with passion 情熱を持って
give up あきらめる
until the very end 最後の最後まで
fight until the last moment 最後の瞬間まで戦う
nothing else 他には何もない

-重要表現
Character is destiny.
表現 意味
Character is destiny. 人格(性格)が運命を決める。
これはプリーセツカヤの有名な言葉で、「才能や運ではなく、最後まで努力し続ける強い人格こそが人生を決める」という意味です。

-全文日本語訳
2015年5月2日、20世紀を代表する最も偉大なバレエダンサーの一人であるマヤ・プリセツカヤが亡くなりました。
彼女は1925年、ソビエト連邦のモスクワでユダヤ人家庭に生まれました。幼い頃からじっとしていることができず、音楽を聞くと踊り始めました。家族の多くはソビエト連邦で演劇、映画、バレエの分野で活躍していました。
プリセツカヤは8歳で芸術教育を始めました。有名なバレエ学校に入学し、普通の学校に通いながら週6日そこで学びました。彼女は著名なバレエ教師エリザヴェータ・ゲルトに指導されました。ゲルトはプリセツカヤの素晴らしい才能を見抜き、「私の小さなダイヤモンド」と呼びました。
しかし1937年、プリセツカヤの人生は大きく変わりました。エンジニアだった父親は警察に連行され、その後殺されました。政府は彼をスパイだと考えたのです。無声映画のスターだった母親はカザフスタンへ送られました。
当時の政府は、ユダヤ人が国を支配しようとしていることを恐れていました。そのため多くの人々が捕らえられ、殺されました。プリセツカヤの家族もソビエト連邦の敵と見なされました。
1943年、プリセツカヤはボリショイ・バレエに入団し、すぐにスターの一人となりました。彼女の動き方と非常に力強いジャンプは彼女のトレードマークになりました。彼女は情熱を持って踊りました。
ボリショイでの最初のシーズンだけでも、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などの有名なバレエ作品で20以上の重要な役を演じました。彼女は50年間のバレエ人生の中で、『白鳥の湖』を2万回以上踊ったと言われています。また、『瀕死の白鳥』の演技でも有名でした。
1959年、プリセツカヤはボリショイ・バレエとともにアメリカでの初公演に参加しました。これは彼女にとっても世界にとっても重要な出来事でした。
それまで彼女はソビエト連邦の外へ出ることを許されていませんでした。祖国は、彼女が逃亡するかもしれない、あるいはスパイかもしれないと疑っていたのです。
プリセツカヤは、自分がスパイではなく海外へ行きたいだけだと示すために多くの努力をしました。長い間、その機会を得るために戦い続けました。そしてついに願いが叶いました。
彼女はすでに祖国ではスターでしたが、今度は世界のスターとなったのです。
プリセツカヤは他の芸術分野にも挑戦しました。映画や演劇にも出演し、その美しい動きによって人々に愛されました。また何度も日本を訪れ、能の作品を演じたこともありました。
彼女は89歳になるまで情熱を持って舞台で踊り続けました。
プリセツカヤは次のような言葉を残しています。
「未来の世代よ、私の言葉を聞いてください。最後の最後まであきらめてはいけません。立ち止まってはいけません。最後の瞬間まで戦いなさい。私の成功はそのおかげでした。それ以外には何もありません。人格こそが運命なのです。」

投稿者プロフィール

藤井 恒男
英語の文字起こしをしています。間違い等がありましたら、教えてください!
最近古文書の勉強もしています。英語も日本語も難しいですね。

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